視覚系ニューロンの受容野と役割
 

網膜(retina)によって捕らえられた視覚情報は、その後どのように処理されて、知覚を引き起こすのでしょうか。この疑問に答えるため、私たちの研究室では主として、動物の視覚神経系のいろいろな領域に微小電極を挿入して、神経細胞の活動を記録します。下図の左上の写真にあるように、電極は導電性の先端部分が10ミクロンほど出ているタングステンの針で、残りの部分は絶縁されています。このような電極により、個々の神経細胞の活動電位(action potentials)を記録することができます。

このように、神経細胞の活動を記録しながら、コンピュータ画面に表示された様々なパターンを使って細胞を刺激します(もちろん、眼を通して)。細胞の活動が刺激パターンにどのように影響を受けるかを、定量的に分析することによって、網膜から記録している細胞までの神経回路がどのような情報処理をしているかを探ることができます。

こうした実験をしてすぐに判ることは、視覚神経系の細胞は視野が非常に限られているということです。人間や動物自体の視野は角度にして150度ほども有り、大変広いのですが、一つ一つの視覚細胞の視野は、視覚系の始めの段階では、角度にして1−5度位しかありません。この各細胞が持つ限られた視野のことを受容野(receptive field)と呼びます。つまり、神経細胞はその受容野に刺激が入った場合にのみ反応し、受容野の外側にいくら刺激を与えても、細胞を発火させることはできません。下図の右側に黄色の角で示したように、視野全体のごく小さな一部分しか、良く見ていないのです。いわば、個々の細胞は、このような小さな「窓」を通して外界を見ているのです。(受容野の大きさは、高次の視覚領域に行くにつれだんだん大きくなり、また、視野の中心部分にあるか端のほうにあるかにも依存する。)しかし、脳には非常に数多くの細胞があり、それぞれの細胞が視野の各部分を、ちょうどタイルを敷くように分担して受け持つことで、全体像が伝えられるわけです。
 


視覚神経系と各領域のニューロンの受容野
[上図右は眼球を含む平面で水平に切って下から脳を見たもの]
 

視覚情報は網膜から視神経を通して、視床という脳の部位にある外側膝状体(LGN; lateral geniculate nucleus)と呼ばれる領域に、まず伝えられます。ここで、情報はシナプスを介し、LGNのニューロンによって一度中継され、大脳の最初の視覚領域である一次視覚野に伝えられます。一次視覚野は、上の図に示されるように、後頭部の脳にあります。ネコ、サル、人間等の高等動物では、視覚情報は、前部についている眼から先ず大脳の最後部に送られ、それから順次前方にある高次領域に送られる構造になっているのは、興味深いことです。

さて、上図左に示したように、受容野の形はどの領域の神経細胞のものかによって大きな違いがあります。LGNのニューロンは、同心円状の受容野を持っています。一次視覚野には、大きく分けて2種類のタイプの神経細胞が存在します。すなわち、単純型細胞と複雑型細胞です(simple cells, complex cells)。

受容野の定量的測定法に興味のある方は、このページを見てください。
 

外側膝状体(LGN)のニューロンの受容野


LGNの神経細胞の受容野 (non-lagged On-center X cell)

LGNニューロンは上のように同心円状の受容野構造を持っています。この例では、正方形の領域は3x3度の大きさを持ち、反応の時間軸をアニメーションで表示しています。左下の数字は、刺激が提示されてから反応までの時間遅れを、ms(ミリ秒)で示しています。神経回路内での処理や、神経の軸索にそった信号伝達には、ある程度時間がかかります。このため、反応のピークまでの時間遅れは、大体40ミリ秒ほどであることがわかります。また、刺激提示後、250ミリ秒ほど経過すると、反応は消失することがわかります。

測定は20x20点の格子状に等間隔で置かれた各点で行いました(測定法参照)。緑で示される領域は白(明るい)刺激によって引き起こされる発火を、赤で示される領域は黒(暗い)刺激によって引き起こされる発火を示しています。
 

大脳皮質一次視覚野の単純型細胞の受容野


単純型細胞の受容野

大脳皮質一次視覚野のニューロンの代表的なひとつのタイプ、単純型細胞は、上の図のような形の受容野を持っています。長く伸びた、白または黒の刺激によって発火が起きる領域が(それぞれ、緑、赤で表示)、交互にほぼ一定の間隔で並んでいます。正方形の領域は4x4度の範囲を持っています。ここでは、便宜上、長く伸びた領域が垂直に表示されていますが、実際の視野においては、40度に傾いていました。

このように、一次視覚野の細胞のほとんどは傾き(方位)のある受容野を持っています。このため、一次視覚野の細胞は受容野の方位と同じ角度を持った線状や棒状の刺激には良く反応しますが、角度がずれていると、反応しません。この性質を、方位選択性と呼びます。ほとんどの細胞で、最適な方位から約20度以上の角度のずれがあると、反応は止まってしまいます。これに対し、LGNの細胞の受容野は同心円状ですから、このような方位選択性はありません。LGNの細胞は点あるいは小さなスポット状の刺激に良く反応しますが、一次視覚野の細胞を発火させるためには、刺激にある程度の長さを持つ、線、または棒状の要素が含まれていなければなりません。
 


いろいろな大きさ、方位選択性を持つ単純型細胞の集合
 

最適な傾きは、細胞によって異なります。上の図に模式的に示したように、垂直、水平の受容野をもつ単純型細胞から、いろいろな斜めに傾いた方位に選択性を持つものまでが、視野の各点について存在します。さらに、大きな受容野を持ち、大まかな荒い画像特徴に良く反応する細胞から、小さな受容野を持ち、細かい特徴に良く反応する細胞までが、一次視覚野には、寄り集まっています。

このように、いろいろな方位選択性と大きさに対する選択性とを合わせ持つ細胞が、数多く存在することにより、様々な傾き、大きさをもつ要素が複雑に絡み合わさった、自然界の任意の画像情報を表現することができるのです。

皆さんは、JPEGと呼ばれる画像ファイルの形式をご存知でしょうか?Webサイトに置いてある、多くのカラー静止画像はこの形式です。また、最近のほとんどのディジタルカメラはJPEG形式で画像を記録します。JPEGが広く使われる理由は、高解像度の自然カラー静止画像を、効率良く圧縮して記録(カメラ)したり伝送(Internet)したり出来るからです。

実は、JPEGが使っている画像の表現方法(符号化法)は、上の図に示した単純型細胞の集合が行っている画像表現の方法にたいへん良く似ています。最新の、JPEG2000という符号化法ではWavelet圧縮という方法を使って、さらに効率を上げていますが、Wavelet圧縮と単純型細胞による脳内画像表現の相似度は、ますます高まりました。

多くのエンジニア・科学者が、ようやく最近たどり着いた画像符号化法を、脳はすでに何万年も前に実現していたことになります。
 

大脳皮質一次視覚野の複雑型細胞の受容野


複雑型細胞の受容野

複雑型細胞は、大脳一次視覚野のもう一つの大きな細胞タイプです。上の図に示したように、大きな丸い形をしていて、単純型のような長く伸びた領域が、ある傾きを持って、交互に並んでいる構造は見受けられません。しかし、複雑型細胞は、単純型細胞と変わらない方位選択性を持っていることが知られています。

もっと高度な測定をすると、複雑型細胞には、単純型細胞の特徴に良く似た内部構造を持つSubunitという、構成単位があることがわかります。つまり、複雑型細胞の受容野はいくつかの単純型細胞の出力を足し合わせることで出来あがっていると、考えられています。この考えは、40年前に、ノーベル賞学者であるD.H. HubelとT. N. Wieselが提唱したものですが、単純型細胞が実際に複雑型細胞に直接のシナプス結合を持って、入力を与えている証拠は、ようやく最近になって示されました。また、複雑型細胞は運動視、ステレオ視に重要な役割を果たしていることが、わかってきました。

いうまでも無く、脳の情報処理に関する研究は、まだまだ始まったばかりです。脳を知るということが、まず、私たちの第一の目標ですが、脳の科学からの知見が、科学技術の発展にも役に立つことは間違い有りません。
 



(last modified: June 10, 2000)