私たちの研究について

  研究概要

大澤: 大量の情報処理を高度にかつしなやかに行う脳を、個々の神経細胞の機能にまで立ち入って研究しています。特に人を含む動物の視覚系は、関わっている40億ともいわれる神経細胞の数、必要とされる処理のステップ数、「見る」という問題の複雑さからしても、最も解明が難しいシステムです。「何を測れば、何を知れば脳が解かったことになるのか」という問題を日々考え、最新の工学的手法を駆使して「脳がやっている事」を個々の細胞レベルの活動として計測する生理学的な実験により研究しています。私たちが受けとる視覚情報の多くは知覚として自覚できますが、脳の中の神経細胞1個1個は何を「見ている」のでしょうか?神経細胞たちは私たちの日常的な直感を超えた、一風変わった、しかし大変うまくできた「見方」をしているということが明らかになりつつあります。神経細胞の「発火」により、1個の細胞が伝えようとしているメッセージは何か、つまり、どのような情報が伝えられているのかを、数式で書けるくらいに厳密に知る事が、脳の理解には欠かせません。さらに、多くの神経細胞に分散して表現されている情報をまとめて、実際に使えるようにする(例えば体の動作のために)方法の解明も重要です。 これらの情報処理機構を、特に視覚系大脳皮質の初期・中間段階にあたる領域に重点をおいて研究しています。 最近我々が開発した視覚刺激と工学的システム解析手法を活用し、これまで解析的 アプローチが難しかった、大脳一次視覚野以降の処理段階の機能と神経回路網の 詳細を、順次入力側から解明することが目標です。

小林:小脳における誤差による眼球運動の学習の解析と平行して、最近は衝動性眼球運動(サッカード)の制御に着目し、動機付け、運動制御、報酬情報に対する上丘−脚橋被蓋核(PPTN)−黒質系の神経機序の解析もおこなっている。

  業績概要 大澤五住の主要な研究業績
小林 康の研究業績等
  過去の研究の概要 視覚系神経細胞の時空間受容野のイントロダクション
一次視覚野ニューロンのステレオ視に関する役割 (英語)

 

研究室の視覚研究に対するアプローチの特徴と考え方

 大阪大学は脳神経系とくに視覚系の研究では国内で最も良い環境を持つ大学だと思います。私の研究室以外にも、高次視覚機能の研究については、お隣の藤田一郎さんの研究室や佐藤宏道さんの研究室があり、生き物の視覚系を理解するという大きな目標を共有しています。(網膜の河村研、大脳皮質の神経回路形成を研究している山本研など、神経科学の分野を広く見れば、さらに多くの脳関連研究室が阪大にあります。)その中で、では大澤研は他の研究室と何が違うのかということについて述べたいと思います。

 特に卒業研究を控えた生物工学コースの3年生から一番多く聞く質問は、「藤田研と大澤研は共に視覚について研究していて、オーバラップするところがあると思いますが、どこが違いますか?」というものです。一つの説明は、私は「認知」という言葉があまり関係しない部分で研究しているということでしょうか。藤田さんはV1から本当に高次の視覚野まで、私は、初期・中次(という言葉は無いのかもしれませんが、高次に対する)段階の視覚系が守備範囲です。また別の、最近思っている違いは、私の研究はある視覚野の神経細胞から見て、どちらかというと入力側を向いて研究しており、藤田さんはおそらく出力側を向いているのではないかと思っています。これはもちろん方向性とかスタイルの話しであって、厳密なものではありません。

 例をあげましょう。例えば、視覚系にはいろいろな領野で、両眼視差選択性 (binocular disparity selectivity) を持つ細胞が多くあります。3次元空間での奥行きの知覚に密接に関係している神経細胞の特性です。こういう細胞から記録できているとして、あなたはどんな事に興味を持つでしょうか?両眼視差選択性を詳細に測った後、さて次に何をしますか?(こういう所で、どういう疑問や問題意識を持つかが、実は科学の本質にかかわるところだと思います。)

私は、そのような細胞の性質がどのようにして下位の視覚領域の細胞からの信号でできあがっているのかに興味を引かれます。当然、左目と右目の網膜からの情報を組み合わせなければならないのはわかりますが、実際にそうした細胞を作れるくらいにわかっていますか?神経細胞の組み合わせで無理なくできる範囲の方法で、実際にステレオ画像が与えられたら、細胞の反応を予測できるくらいの精度で「脳のやっている事」を知ることに興味を持ち、目標にしたいと私は思うでしょう。実際、1980年代には、両眼視差選択性に関して、そこまでは解っていませんでした。これについては別の機会に書きますが、私が関わった1990年の論文で、一次視覚野については、この問題の解明を実際に実現できたと思っています。つまり、最初に言ったように、記録している両眼視差選択性を持つ細胞の前段階の細胞(複数)、さらに視覚刺激まで遡っての関係という、入力側の興味を主に追って来たということになります。この例は昔の古い話しですが、現在の興味に関しても、対象は別の特性を持つさらに高次の細胞に移っていますが、方向性としては同様の目標を持っています。

 これに対して、私が思うに、藤田さんは両眼視差選択性を持った細胞がどのようにヒトや動物の奥行き弁別に実際に結びついているか、細胞の活動が、どの様に行動に結びついているか、あるいはもっと高次の面白い視覚の特性(例えば、いろいろな知覚の恒常性等)に結びついているかという方向、つまり出力側がどうなっているかに主に興味があるのではないかと思っています。藤田さんにこのような事をまだ話したわけではないので、あくまでも傾向について私が持った印象です。やっている研究プロジェクトの全てに当てはまるという分けでもありません。でも、正反対の方向性で、いい具合なのではないでしょうか?

 もちろん、私も知覚への結びつきには大変興味があるのですが、はっきり言って、行動への関連はそんなには重視していません。ここも一つの違いでしょうか。知覚があっても必ずしも行動に結びつかないという場合もありますし、その正反対もあります。もっと本質的な点を考えると、脳の全ての細胞が私たちの知覚や行動に直接結びつく情報を担っているとは到底考えられないからです。視覚野でそんな細胞を見つけたらどうしても無視しがちになるだろうと思いますが、それでは本当はいけないと思っています。

 コンピュータのアナロジーを使うと、例えばコンピュータ内部を縦横に走っている信号線が全て、私たちが普通想像するところの「データ」、例えば、テキストデータや画像や動画のデータ等、を伝達していると思うのは間違いです。クロック信号やメモリーの番地を指定するアドレス、こっちとあっちの電子回路のタイミングを合わせるための信号、CPUが過熱しないようにするために計算量をコントロールするための信号、メモリーから読み出された情報に間違いがあるという警報、等いろいろあって、それらが全部うまく伝わらなくては機能しないことははっきりしています。

 視覚野の神経細胞でも、そうした私たちの知覚に上ってくるような「視覚データ」ではない情報を伝えている細胞、例えば、フィードバック経路を流れる信号、ゲインの調節に使われる信号、モジュール間の同期を担う信号、といったサポート的な役割の信号を伝える神経細胞があると想定するのは当然のことだと思います。これらの信号は視覚刺激に対しても、予期しない反応をしたり、ましてや知覚や行動とは直接相関するものではない場合が普通ではないかと思うのです。だからといって、それらの重要性が低いということにはなりません。そうした細胞が伝えているメッセージをも解読して、役割を理解する事は、視覚系の理解に非常に重要だと思います。それをしなければ、ヒトや動物の視覚系と同じ方法で「見る」ことのできる機械を作る事はできません。もちろん、私たちの意識に上る知覚となる情報を伝える細胞の重要性を否定はしませんが、それが全てであるかのような姿勢は、まずいと思います。私自身が実際にロボットやコンピュータビジョンシステムを作るのではありませんが、その作り方、生物の脳が使っている原理、を見つけて皆さんに伝えるのが私と私の研究室の役割であり、存在意義ではないかと思います。

 このような考えは、簡単には解ってもらえない事なのですが、私にはどうしても避けて通る事のできない問題です。逆に言えば、神経科学全般としてみて、多くの研究者が「行動」と神経活動との関係に囚われすぎているのでは無いかという気がしています。だからという訳ではありませんが、一人くらい反対方向を向くのも悪くないと思っています。

 まだまだ、こうしたことについてたくさん書く事はあるのですが。今日はここまでにしておきます。こういう話しがしたければ、大歓迎ですので来て下さい。




 

 

 

 

 

 
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